日本国憲法改正について、本論文では、政治学的に見た憲法改正とは何なのかと実質的憲法改正の問題点とは何かについて述べていく。
第1 政治学的に見た憲法改正
1 政治学的に見た憲法とは 政治学とはもっとも簡単に言えば国家を対象とする学問である(島田 2021:3)。そして、憲法の意義とは、国家の政治組織そのものである。そして、憲法とは実質的な意義と形式的な意義に分けられる。実質的に用いる憲法とは、国家の組織および作用についての根本法である。一方、形式的に用い憲法とは憲法法典のことである(島田 2021:117-118)。つまり、政治学的に見た憲法とは、国家の政治組織そのものであることから、概ね実質的憲法の範囲を表すことになる。
2 実質的憲法とは 実質的意味の憲法とは、「国家や政府の組織原理・組織規範」あるいはそれらが「立憲主義を内容とするもの」とされる。その場合、制定法であるとは限らず、制定法の場合にもタイトルに「憲法」と付いている必要もない。すなわち、政治権力を創出するための選挙についてのルール(選挙制度)と、政治権力を抑制するための政治家・官僚の役割分担や権限分割についてのルール(執政制度)を(2つの制度を合わせて基幹的政治制度と総称する。)、実質的意味の憲法と考えるべきなのである(駒村 2016:10)。
3 実質的憲法改正とは それを前提とすると、実質的憲法改正とは、基幹的政治制度を定める諸ルールを変容させることである。具体的には、議席決定方式・選挙区定数・投票方式・選挙サイクルの選挙制度における4要素と議院内閣制、首相に与えられる権限や政治的資源、政治家と官僚との間に存在する権限や政治的資源分配の執政制度における3要素のいずれかが変化した場合に、実質的憲法改正とみなすことができる(駒村 2016:10-11)。
4 憲法改正とは 憲法改正とは憲法典の修正に限られないことになる。基幹的政治制度を定める法律の改正は当然視野に入るが、判例や慣行を通じた新しい憲法習律の形成なども、憲法改正の方法として分析の焦点に加えられるべきである。つまり、憲法典の修正に議会の特別多数や国民投票が必要だとされていても、多数派が望むことや広範な合意が形成されることは、憲法改正に至る道筋の一つに過ぎないとさえ考えられる(駒村 2016:11-12)。
第2 憲法改正をめぐる政治的論争から生じる憲法改正の一般的概念
1 第二節の意義 第一節では政治学的見地からの憲法改正について論じてきたが、一般的な憲法改正の概念とは、憲法9条改正等の憲法法典を改正することを言うのではないだろうか。その新たな問いに対して、憲法改正をめぐる政治的論争について論じた後に、一般的な憲法改正の概念、そしてその概念に対し批判的な観点についても論じていく。
2 憲法改正をめぐる政治的論争 戦後の日本では、現行憲法制定後には改正に積極的な立場と反対の立場が鋭く対立してきた。憲法改正に積極的な立場は改憲派とされ、その中心を担ったのは「自主憲法制定」を訴える保守系の政治家や文化人であった。憲法改正に反対する人々が護憲派だが、革新系の政党や労働組合がその主たる担い手であった。つまり、憲法改正をめぐる対立は、保守と革新という戦後日本政治の二大陣営が対峙する構図と重なり合っていた(駒村 2016:3-4)。特に、この憲法改正をめぐる政治的論争は、日本国憲法9条という憲法典の特定条文を中心に繰り広げられてきた。それは、第9条への態度が保守と革新というより大きな政治的対立におけるコミットメントの象徴であった以上、当然のことではあった。だが同時に、そのことは憲法と政治の相互作用のうち、政治が憲法の解釈や運用に影響を与えるという側面ばかりが強調されることにつながり、憲法が政治のあり方を規定する側面は捨象されてしまうことになった(駒村 2016:17)。
3 憲法改正をめぐる政治的論争から生じる憲法改正の一般的概念 近代立憲主義に基づいた憲法は、政治権力を抑止するとともにそれに正統性を与える役割を果たす以上、憲法と政治の関係理解は双方向的でなければならないはずである。改正について特別多数決や国民投票のような高いハードルを設ける硬性憲法典の改正のみを憲法改正とするのが、憲法学における通説あるいは常識、一般的かもしれない。だが、政治学的な分析を行ううえでは、憲法が政治との関係で果たしている機能や役割に注目し、それが変化したことをもって憲法改正だと考えた方が適切ではないだろうか。憲法学においても、主として機能的な観点から、法源として憲法典以外を含む「実質的意味の憲法」が存在するという見解は、広く受け入れられている(駒村 2016:17)。
第3 実質的憲法改正の問題点
1 実質的憲法改正内容 基幹的政治制度の変革を憲法改正と捉える理解を前提にしたときの実質的憲法改正は次の通りである。
⑴ 選挙制度変革 戦後日本の選挙制度は、4要素のうち選挙サイクルについての変革はほとんど経験していない。1965年に議会の自主解散が認められたのが唯一である。ただし、自主解散だけではなく首相の辞職や死去などによって、首長選挙と議会選挙のサイクルがずれる地方政府が増えており、選挙サイクルに実質的な変化が生じていると考えることもできる。また、国政では1980年と1986年の2回、衆議院の解散によって、衆議院と参議院の選挙が同時に行われた。議席決定方式・選挙区定数・投票方式の3要素は、国政でいずれも変化している。1980年から参議院の全国区が比例区に変わり、3要素のすべてが変化した。1996年から衆議院が中選挙区単記非移譲性から小選挙区比例代表並立制に変わって、参議院と同様に3要素のすべてが変わった。2001年からは参議院比例区が非拘束名簿式となり、投票方式が変わることとなった。このほか、いわゆる1票の格差是正のために、選挙区ごとの定数の変更や区割りの変更が衆参両院で行われている。地方は、近年の市町村合併に伴い、合併直後に新しい全市ではなく旧市町村を選挙区として定数を配分した議会選挙が実施された(駒村 2016:13-14)。
⑵執政制度変革 議院内閣制について変容は、戦後日本には生じていない。現行憲法となった1947年に採用して以来、一貫して議院内閣制が継続している。残る2つの要素のうち、首相の権限や政治的資源については、1980年代の中曾根政権期と1990年代後半の橋本政権期にそれぞれ行われた官邸機能強化によって増大した。中曾根政権期の変革では、内閣危機管理監の創設や内閣情報調査室の拡充など、官邸による危機管理に重点が置かれた。官邸による危機管理に重点が置かれた。橋本政権期の変革は大規模な行政改革の一環であり、2001年以降に実質的な変化が生じたものだが、内閣官房・内閣府の人員増や新官邸の建築など、首相が政治的意思決定の主導権を握りやすくすることを最大の関心事とした。官僚との権限や政治的資源の配分の変化についても、官邸機能強化とほぼ重なりあうようにして着手されたが、2014年に内閣人事局が設置されるなど、官邸の集権化が行われている(駒村 2016:14)。
2 実質的憲法改正の問題点 上記のように実質的憲法は改正されたが、この節では憲法改正の問題点について論じる。それは、このように包括的な変革、あるいは実質的意味の憲法改正が進められながら、それを構成する個々の改革の方向性は整合していなかった。基幹的政治制度に限定しても、たとえば衆議院の選挙制度改革で導入された小選挙区比例代表並立制と、参議院の選挙制度改革で採用された非拘束名簿式比例代表制は、異なった性質をもつ。前者は有権者に政党投票誘因を与え、政治家が所属政党執行部の規律に従う誘因を強めて、集権化された大政党中心の政治過程を作り出す。後者は、有権者に候補者投票誘因を生み出すとともに、政治家は個人としての業績誇示や小政党への所属を不利だと考えなくなり、大政党内部の規律を弱める。首相の影響力は参議院には及びにくいままの状態になっている。つまり、政治的意思決定を行う単位が細分化され、各々自立性をもつことから、実質個別的に基幹的政治制度の変革がなされている。この個別的変革は、行政改革会議により「この国のかたち」の再構築はできないことを暗に示している(駒村 2016:15-16)。
結論
第一節では、政治的観点或いは実際は実質的に国家の組織、作用が変革していれば憲法が改正されているとみなされることについて述べた。第二節では、一般的には、憲法改正とは憲法の条文が変わることを指すこという、或いはそのように私たちが考えていることについて述べた。第三節では、憲法改正の問題点は、憲法改正により日本のかたちを再構築できないことである。政治学における憲法改正とは、国家の組織、作用が実質的に変革することであり、当該憲法改正により国家全体を変えることができない点で問題があると本論文は結論付ける。
参考文献
駒村圭吾・待鳥聡史編.『「憲法改正」の比較政治学』.弘文堂.2016.479p
島田久吉・多田真鋤.『政治学(J)』初版第30刷.慶應義塾大学.2021.424p
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